HP東善寺  ●   小栗上野介記念館 建設工事     

 

  

     小栗上野介記念館 
        建設工事
  
                  
                      完成予想図  
   建物の特徴 3つ
1 
ナマコ壁  
  清水喜助(清水建設2代目)が小栗忠順の指導による日本初の株式会社方式で建てた
築地ホテルが、二階までナマコ壁であった。ここでは一階だけナマコ壁とした。
2 せがい造り 
 養蚕農家は二階の養蚕室を広くするため、一階よりも二階がせり出す「せがい造り」が造られた。
当館も二階展示室を広くするため取り入れた。
3 
「ヤグラ(建屋根)」  
 横須賀造船所の錬鉄所から富岡製糸場の繰糸場にも応用されている、通風換気のため屋根の上に屋根を付ける構造を取り入れた。清涼飼育法をするため、群馬県の養蚕農家の屋根にも取り入れられ、倉渕町でもまだ見られる。

「富岡製糸場は横須賀造船所の妹」  
理由
 
 ① 設計図は横須賀で 富岡製糸場は明治初年に横須賀造船所の仏人建築設計部門に設計図の依頼があった。1865慶応元年から建設したばかりの横須賀造船所の設計図をもとに「50日間で」という条件をクリアして描いた。 

 ② 建設は横須賀から 明治4年、横須賀の仏人建築技師バスティアンが横須賀から日本人大工10数名を連れて行き、現地の大工を指導して富岡製糸場を建築した。

 ③ 経営は横須賀と同じ 富岡で仏人ポールブリュナの指導のもとに始まった製糸場の経営は、すべて横須賀と同じ「定時労働、日曜休日、職階と責任の明確、年功給・技能給、メートル法、・・・など」近代サラリーマンの生活であった。
その結果
 富岡製糸場は  1871明治4年着工 工期1年・予算24万ドルで完成  
                 いま世界遺産 …明治政府が行った近代化だから

 横須賀造船所は 1865慶応元年着工 工期4年・予算240万ドルで完成  
                 いま日本遺産 …幕府が行った近代化だから
                   間違いなく「日本産業革命の地」
 
   横須賀造船所の錬鉄所「建屋根
         ↓↓
 
 富岡製糸場の繰糸場「建屋根
 
             地鎮式 
                           2026令和8年6月11日
     
     
鍬入れ
富岡賢治市長・市川平治会長 
左から 研屋清水一希社長・サン設計栗原所長・顕彰会市川平治会長・富岡賢治市長村上泰賢  後列 
牧野耕一郎・瀬間昇・戸塚孝明・塚越昇・戸塚祐子
前列  
伊井光也・深井紘・村上泰賢・市川平治・田口寛・小峰好恵
                  地業工事進行中
  
     
     
                    車庫解体  6月26日
     
                  床掘り工事・基礎工事